丑の刻参り

丑の刻参りのイメージ

丑の刻参りは、日本における呪術の中でも一般に広く名を知られているものの一つです。古来、憎む相手を呪い殺すことを目的として行う儀式であり、現代になっても嫉妬にさいなまれた女性の頼りの綱とされることが多い呪術です。

元となった伝説

丑の刻参りは古来、祈願成就のために行われていました。それが呪術となったのには、いくつかの伝説が関係しているといわれています。

「宇治の橋姫」からは、夫の後妻を妬んだ橋姫が自分の身を鬼に変えて憎む相手を殺そうと、貴船神社で7日間の丑の刻参りを行ったという、丑の刻参りの原型を読み取ることができます。また、謡曲「鉄輪」では、鬼となった橋姫を陰陽師が祓う際に、人形(ひとがた)を使って祈祷を行うという段があります。

これらの伝説を核として、時代を経るに従いさまざまなアレンジが加えられてきた丑の刻参りは、現在も生きた呪術として変化し続けています。

丑の刻参り、その方法

実際に、真剣に丑の刻参りを実行しようとする人にとっての丑の刻参りは失敗が許されない呪いの技です。そのため、より正確な方法を知り実行することで、呪いをより確実にする必要があります。

まずは身なりを整えます。神社内の浄めの水を使って身を浄めるか、自宅で冷水を頭からかぶって身を浄めた上で、真っ白な単衣の着物を身につけます。足元には一本歯または長下駄を履き、頭には鉄環か五徳を被り、そこへ鬼の角に模したロウソクを最低3本立てます。胸元には魔除けの鏡をぶら下げ、懐には護り刀を忍ばせ、口には櫛をくわえます。さらに、髪は乱した状態で顔全体に白い粉をはたき、歯は鉄漿(おはぐろ)に、口は赤い口紅で染めるといういでたちが定型とされています。

続いて実際の行動に移ります。持参するのは、憎い相手の身代わりとなる藁人形と五寸釘とカナヅチです。藁人形には相手の髪の毛などの身体の一部や身のまわりのものを織り込むと効果が高いとされます。

時刻は丑の刻である午前1時~3時。鬼門が開く時間にあたります。縁りある、または霊験あらたかな神社へ出向き、境内の御神木か大鳥居に持参した藁人形を呪いの念を込めながら打ち付けていきます。これを7日間続けるのが丑の刻参りです。

丑の刻参りの名所

丑の刻参りは、主に恋愛関係の嫉妬から生まれる憎い相手を呪うための呪術です。そのため、恋愛にまつわる縁起を持つ神社や満願成就を掲げる神社などがその参り先として選ばれます。特に有名なのが京都市にある貴船神社です。貴船神社では「丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻」に参詣すると願いがかなうという伝承があり、これがさまざまな伝説と組み合わさった結果、呪詛である丑の刻参りの名所となったと考えられています。

丑の刻参りは、呪術を行っている姿を一切見られてはいけないとされています。途中で誰かに見られてしまえば、それまでの丑の刻参りはもちろん意味をなさず、それどころか、呪いが自分に跳ね返ってくるともいわれています。そのため、呪術を行う側は人に見られないために非常な努力と緊張を強いられます。また、偶然にしても見てしまった側は早々に立ち去り、見なかったことにするなどの配慮が必要です。これは呪術を行っている人のためだけではなく、見てしまった自分の安全のためでもあります。丑の刻参りを見られた者は、目撃者を抹殺しなければならないともいわれているからです。

丑の刻参りの目的と効果

丑の刻参りは、憎い相手を呪い殺すことが目的の呪術です。しかし、呪いの効果が科学的に立証されたものではないとしても、相手を殺す「殺人」を目的とする行動はその表現方法によっては犯罪になることがあります。そこで、相手を戒めたりダメージを与えたりする方向へと移行する傾向も見受けられます。その例として、藁人形の手に釘を打ち込むことで手癖(浮気癖)が治る、胸に打ち込めば、「胸(心)が痛む」など、嫉妬による苦しみを違う形で解消するなどがあげられます。また、夜更けの神社への侵入や御神木や大鳥居への釘打ちもまた犯罪となります。そのため、自宅内の東北の方向に浄めた杉の木を置き、そこで呪術を行うという方法も取り入れられています。

丑の刻参りは鬼門を開いて鬼を呼び寄せ、藁人形には憎い相手の魂を乗り移らせ、自分自身には鬼を乗り移らせるという複数の呪術の組み合わせです。7日間に及ぶ潔斎と呪いによって、憎い相手に呪いの念が届くこともあれば、失敗して自分自身にも不幸が起こる可能性があります。呪うという心の中の念は、相手だけでなく自分自身にも影響を与えます。「人を呪わば穴二つ」という言葉の意味を噛みしめ、慎重に行動する必要があるでしょう。