不老不死

不老不死のイメージ

不老不死(ふろうふし)とは、老化や老衰の進行が停止し、また寿命、疾病、怪我による死が到来しない状態のことです。不老と不死はそれぞれ異なる概念であり、それら両方を併せ持つのが不老不死となります。人間は太古より不老不死を追い求め、結果的にそれが医学や化学の発展へと結びついてきました。現在では、生物学的見地から不老の研究が行われており、再生医療などがその最先端にあたります。

不老不死は「完全になること」を意味する

不老不死は人間が永遠に追い求めるテーマのひとつであり、その研究は古来より世界各地で行われてきました。不老不死にまつわる逸話は世界各地に数多く存在します。それらの多くに共通しているのは、不老不死とはこの世界の摂理からの脱却を意味する、ということです。

不老不死の研究として最も有名なものは錬金術です。錬金術には「万物の根源であるエリクシールを得る」という目的があり、またその先に「エリクシールを得て不老不死を達成する」という最終目標がありました。エリクシールを得ることで人の身体は完全なものになり、不老不死を得ると信じられていたのです。この概念は旧約聖書における「人は不完全な生物」という概念の上に成り立っています。不完全なものを完全にするということは、すなわち、神に近づくということに他なりませんでした。

これとよく似た概念が古代中国にも存在します。道教は古代中国に由来を持つ伝統的な土着宗教ですが、この宗教における道(タオ)とはすなわち「根源的な不滅の真理」を表わします。道教では、この道(タオ)を体現するため練丹術を用い、不老不死の霊薬である仙丹を作り、仙人となることが最終目標とされました。方法や過程こそ異なりますが、練丹術と錬金術は非常に近しいということが分かります。西洋・東洋に共通する概念として、不老不死とはすなわち無常の摂理からの脱却であり「完全になること」とされてきました。

最古の不老不死伝説、ギルガメシュ叙事詩

確認されている中で最も古い不老不死の逸話は古代メソポタミアのギルガメシュ叙事詩です。ギルガメシュは紀元前2600年頃に実在したシュメールの王。この王が紆余曲折を経て不老不死を求める旅に出るという内容です。しかし王は不死になる機会を逸し、また不老効果がある草も奪われ、失意のうちに王国に戻ることになります。この叙事詩は旧約聖書に多大な影響を与えたとされ、またギリシア神話の原型となっている部分も多く、ヨーロッパにおける不老不死の概念の根本となっている可能性が高いと言われます。古代の世界は今よりも死が身近にある世界でした。人々は生と死の摂理を肌で感じ取り、考え、そこからの脱却をはかり、また同時にそれが叶わぬ願いであることも受け止めていたのかも知れません。

用いることで不老不死になるもの

世界各地にある不老不死伝説。その中で登場する「用いることで不老不死になるもの」を一部ご紹介します。これらのひとつを手に入れることができれば永遠の命も夢ではありません。

エリクシール
錬金術における万能薬。「エリクサー」とも呼ばれる液体。中世ヨーロッパで研究されたが元々の由来はイスラム錬金術であり、領土を奪い合う戦乱の中でヨーロッパにもたらされた。エリクシールは万物を構成する精であり、物体を変性させることでそこから抽出できるとされた。
賢者の石
錬金術の触媒となった霊薬。「石」と言われるが実際には石ではなく、液体として見なされる。エリクシールと同一視されることもある。錬金術師達はこの作成法を模索し続け、「水銀に何かを加え、何らかの工程を経ることで賢者の石になる」と考え続けていたという。
ステュクスの水
ギリシア神話に登場。冥府を流れるステュクス川の水に身体を浸すと不死になる。人と女神の子として生まれたアキレウスが不死になるべく女神により浸された。だがその際に踵を掴んでいたためそこだけ不死にならず、アキレウスは後に踵を射られて死んでしまった。
カーヤカルパ
南インドのタミル地方に伝わる「シッダ医学」において不老不死の効果を持つとされる霊薬。強力な若返り効果も持つとされている。カーヤカルパの作成法は口伝によって継承されており、様々なハーブや金属を混ぜ合わせるという。
アムリタ
インド神話に登場する霊薬。飲むと不死になるとされる。魔族との戦いで疲弊した神々が魔族に協力するよう仕向け、乳海攪拌(にゅうかいかくはん)によって作ったとされる。乳海攪拌はヒンドゥー教における天地創造の神話である。
仙丹
道教の練丹術で生成される不老不死の霊薬。水銀を原料とする部分など、錬金術と似ている部分が多い。服用することで仙人となる。この仙人が住む地のひとつが蓬莱山(ほうらいさん)と言われ、この地に不老不死の霊薬を探しに赴く物語は日本にも伝わっている。
変若水
日本神話に登場する若返りの霊水。「おちみず」と読む。月の神である月読命(つくよみのみこと)が持つとされ、万葉集でも触れられている。月読命はこの霊水を管理する役割を担っているという。月の満ち欠けになぞらえた不老不死の類型は幾つも存在する。
人魚の肉
八百比丘尼の伝説として日本に伝わる。とある漁村に住む女性が不本意にも人魚の肉を食べてしまい、それにより不老不死となってしまう。夫や知り合いと何度も死別した後、女性は出家し比丘尼となる。愛知県春日井市や三重県津市安濃町などで語り継がれている。

呪いによる不老不死

処刑されるキリストを侮辱したことにより最後の審判まで世界を彷徨う呪いを掛けられた「さまよえるユダヤ人」の伝説があります。またこれの類型として、嵐の海で神を呪ったために海上を永遠に彷徨っている船長、「さまよえるオランダ人」の伝説も存在します。またヨーロッパには、一度死んだ人間が呪いの力で蘇り、吸血鬼として不老不死になるという怪談もあります。呪いを受けた結果としての不老不死の話は世界各地に語り継がれており、これらからは「不老不死は道理に反する」「必ずしも良いものではない」とする価値観が垣間見えます。