鬼神学

鬼神学のイメージ

鬼神学、またの名を悪魔学とも言います。悪魔、悪霊、悪鬼、魔人などに関する考察のことを指す際に広く用いられています。魔神学と呼ばれることも多い言葉です。鬼神学は悪魔についての研究であることから、悪霊と魔女の仕業について記した16~17世紀の法律家や神学者は、悪魔学者と呼ばれることもあるくらいです。

鬼神学の歴史

鬼神学(いわゆる悪魔学)は、国、地方、宗派によって様々なスタイルで現代にまで伝わってきました。主にキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の解釈による悪魔の観念が、一般的な鬼神学として語られることが多い印象があります。そもそも、悪魔とは超自然的な存在でありますが、古代ペルシアの善悪二元論的な宗教、ゾロアスター教が悪魔について語り、またユダヤ教徒が編集した口承伝承集にも、旧約聖書の異教の神々として「悪魔」が記されたとも言われています。その旧約聖書では、悪魔はダイモーン(デーモン)と表現されていました。デーモンという言い方をすれば、エンターテイメントの中から得た知識として知っている人も多いのではないでしょうか。またサタンというヘブライ語は、七十人訳聖書ではディアヴォロス(ディアボロス)という「告発者、中傷者」という言葉に訳されていて、これらが「悪魔=デビル」の語源だとも言われています。その後、新約聖書では、悪魔は神に敵対する存在、サタナスと呼ばれ、ラテン語訳聖書では、これらをサタンとして同一化、神に対抗する存在になったのでした。

しかし一方イスラム教では、精霊をジーニーと呼び、悪魔の集団はシャイアーティーン、その頭はシャイターンと呼ばれています。イスラムの神アッラーに属する存在の立ち位置で、日本で言うところの妖怪のイメージに近い存在として知られています。いわゆるキリスト教やユダヤ教の悪魔とは意味合いが異なっていて、敵対する存在ではないと考えられているのが大きな違いではないでしょうか。

その後、数々の神学者、研究者が悪魔に関する研究を続けて書物を残し、キリスト教における悪魔理論を構築していき、魔術の書グリモワールにより、鬼神学(悪魔学)は発展していきました。鬼神学についての情報量はその後も増え続け、特にフランスでは悪魔文献に基づいて残された数々の悪魔のイメージ画とその概要が、現在の通俗的な悪魔学の元になっているとも言われています。

鬼神学(悪魔学)の書物の一例

ジャン・ボタン「悪魔憑き(デモノマニア)」(
ジャン・ボタン自身、魔女狩りを積極的に行い、多くの人を宗教裁判にかけたと言われています。その著書は「魔女狩り」のバイブルとまで言われています。
ニコラ・レミ「悪魔崇拝」(
レメギウスという名前で発表された書物になります。魔女と妖術に関する参考書のような書物です。かつての魔女裁判において、裁判官に重用された書籍とまで言われています。
アンリ・ホゲ「魔女論」(
法学者であり、裁判官の顔も持っている人物です。実際に、多くの魔女裁判を担当していたとされています。この魔女論は、魔女迫害に多大なる影響をもたらした書物として知られています。