トゥスクル
トゥスクルとは
世界各地に伝わるシャーマニズムの中心には、当然ながら必ずシャーマンが存在しています。シャーマンは民と神とをつなぐ役割を果たすことから、畏怖と尊敬を集めてきました。日本にも複数のシャーマンの存在が確認されています。トゥスクルはその中でも、歴史的に古く強力であるにも関わらず、あまり広くは知られていない謎の多いシャーマンです。
トゥスクルとは、アイヌ文化の中に存在するシャーマニズムにおける巫術師または霊媒師の呼び名です。トゥスクルは、独自の古い文化を持ちながら世界的にあまり知られていないアイヌ民族とアイヌ民族独自の神々とをつなぎ、政治的なリーダーである長老を助ける精神的なリーダーとしてアイヌ文化の中心として存在し続けてきました。
アイヌ民族の国籍は日本人です。ただしその姿に一般的な日本人と一線を画した特徴を持ち、独自の言葉を持ち、独自の風習を持ちます。そして何より、日本人である前にアイヌであることを誇りとして暮らしてきました。そんなアイヌ民族の生活の中心となって、霊的な治療を行い、祀りごとを司り、吉凶を占ってきたのがトゥスクルなのです。
トゥスクルにできること
アイヌの女性たちは、新しい命を授かる時にトゥスクルの巫術を利用して先祖を敬う祈りを捧げます。また、家族や仲間の中に不幸が重なったり不吉な夢やサインが現れると、その原因を突き止めて予防策や解決策を導き出してくれるのもまたトゥスクルです。
トゥスクルが持つこれらの占い的な部分は表の能力としてアイヌ民族の間ではもちろん、一般の研究者の間でも知られています。しかし実はもう一つ、呪い的な部分も存在しています。トゥスクルの呪いは裏の能力として口にすることが禁じられているため、その内容や巫術の方法などは現在も謎に包まれたままです。
トゥスクルは霊媒師としての特殊な能力を備えた人物です。当然ながら、誰でもなれるわけではありません。また、アイヌ民族は縄文時代から綿々とその民族文化を引き継いできましたが、独自の文字を持っていません。そのため、彼らの文化もトゥスクルの記録も、代々の長老やトゥスクル本人たちによる語りによってのみ継がれているのです。日本人でありながら独自の文化を保ち続けているアイヌ民族ではありますが、その人数は減少傾向にあり、民族としての正しい知識やアイヌの精神は徐々に失われつつあります。そして、トゥスクルの存在も貴重かつ希少となっています。
他のシャーマンの違い
日本にはトゥスクルと比較されるシャーマンがほかにもいます。沖縄のユタや東北・下北半島の恐山イタコがその代表的な存在です。いずれも、霊能力によって占ったり、交霊したり、祈りを捧げることで、人々と霊や神の間をつないできました。
シャーマンとして基本的な活動は非常に似通っていますが、ユタやイタコと比較した時、トゥスクルはよりアイヌという一つの民族文化の中核に位置する重要な存在であると考えられています。もう一点、ユタやイタコの多くは女性ですが、トゥスクルは原則として男性であるところも違います。アイヌ民族には女性の巫術師もいますが、厳密にはトゥスクルと区別され、トスメノコと呼ばれるそうです。
日本のシャーマンの中で、その存在も活動内容もよく知られていなかったトゥスクルは、今もアイヌ民族の文化の中心として確かに存在しています。民族的なアイデンティティが見直される傾向にある昨今、アイヌ文化もまた復興運動が進み、トゥスクルにも人々の目が向けられるようになってきました。トゥスクルという呼び名を実際に耳にしたことや姿を見たことはなくても、北海道のアイヌの集落を訪れることがあれば、伝統的な熊祭りやアイヌ劇などの中に、祈りを捧げ未来を占うシャーマニズムの中心的存在としてのトゥスクルの姿を見かけることがあるでしょう。また、トゥスクルはアイヌ民族にとってなくてはならない存在である以上、今後もその伝統と精神とが受け継がれていくはずです。