呪禁

呪禁とは

呪禁のイメージ

呪禁は「じゅこん」あるいは「じゅごん」と読み、古代中国の呪術的医療の一つとされています。仏教などと前後して日本に伝わり、遅くとも6世紀頃には天皇や貴族などの間で用いられるようになりましたが、日本では普及することなく8世紀頃には衰退してしまいます。しかし現代になって、この呪禁が再び注目を受け始めています。 呪禁、体系として呪禁道とも呼ばれていますが、古代中国では呪術的医療の一つとして公的に認められていました。その思想は中国の生活や思想に深く根付いたものであり、中国三大宗教でもある道教がルーツになっているとされます。病の根源を身体に近づけないための術と、身体に侵入してしまった病の根源を退散させるための術とを使って、身体を守護することを目的します。古代中国では、道教の普及と発展にともない、呪禁(呪禁道)もまた広く受け入れられていきました。

日本における呪禁

道教が日本に伝わったと考えられている4世紀頃には、なんらかの形で呪禁も伝わっていたとされます。ただし、呪禁を専門的に行う呪禁師が日本に登場するのは6世紀頃であり、同時期に伝わった仏教などとともに、渡来の新しい文化・知識として天皇を中心とした支配層の間に浸透していきます。その後、呪禁は徐々に民間にも広がっていきますが、ルーツである道教とさらにその根源にある中国民間信仰の知識と理解の広まりが不十分だったこともあり、呪禁も日本に根づくことがなく、同じく医療的な呪術行為を内在する陰陽道などに吸収される形で消滅していきました。

道教と呪禁

道教とは、中国に古代からある民間信仰をルーツとする宗教で、儒教・仏教とともに中国三大宗教とされています。道教では、神仙となって不老長寿の身を得ることが究極の理想であり、それを目指す「道」の中に医術も含まれています。そこには、現代医学の一部として普及している経路や陰陽を活用する按摩・鍼灸などのほか、呪術的な要素の強い医術も存在していて、それが呪禁としてまとめられていったと考えられています。

陰陽道と呪禁

平安以前の日本の律令制下では、医薬と調薬を担当する典薬寮という公的部署に呪禁が含まれ、呪禁師と、呪禁師の中で最も優秀な人物である呪禁博士、さらには見習い学生である呪禁生とが所属していました。しかし平安期に入ると、陰陽道が密教の伝来と普及、発展にともなってその存在価値を著しく大きくしていき、陰陽寮が設立されて呪禁はそこに飲み込まれて形骸化が進み、9世紀頃にはその存在自体が消滅してしまいました。しかし、呪禁は、陰陽道のルーツの一つであり、その影響は、陰陽道の中に残る呪禁的要素である医療呪術や道教的な祭礼スタイルなどにみることができます。

呪禁の二大目的

先の述べたように、呪禁には、病の根源を身体に近づけないための術(予防)と、身体に侵入してしまった病の根源を退散させるための術(治療)の二つの道(術)があります。前者は持禁の法と呼ばれ、呪禁師が杖や刀などを使って、気の動きを制することのできる呪文を唱え、襲ってくる災厄からの防御・護身を図りました。杖や刀を用いるのは、これらの武器によって傷つけられることのない身体を作り出すことにつながっています。また、そこから派生して、災厄をもたらすさまざまな対象をコントロールすることで、意図的に災厄を生じさせることもできるようになるといいます。後者は、災厄を身に受けてしまった場合に、その気を取り去り、さらにそれ以上の災厄を受けないようにコントロールすることを目的とします。前者と同じく術法を行い、呪文を唱えることで、体内に入った災厄を引き起こす気を払い、再び襲われ傷つけられることがないように護ります。

呪禁の術とは

呪禁は、体系的にまとめられていない部分が多く、古い書物に多くの記載が残っているものの、その内容はまちまちです。それでも、呪禁の二大目的要素を果たすための術として伝わっている固定のものが複数あります。その中でも重要な技法として知られているのが、存思、禹歩、営目、掌訣、手印という五法です。存思はイメージ訓練、禹歩は歩行法、営目は片目ずつ開閉すること、掌訣は指の15の関節を押すこと、手印は印を結ぶことで、それぞれに気をコントロールします。また、杖刀が術を行う時の必須アイテムであるとする文献もあり、殺傷力のある杖刀によって、時には気を祓い、時には気を受けて、その身に杖刀でも傷つけることができない強さをもたらします。

古代中国から日本へと伝わった呪禁ですが、その資料の少なさから、古代中国の道教の一部だった呪禁と現代日本に伝わって残っている呪禁とには、異なる部分が多く存在する可能性があります。呪禁は、体系的にまとめられた書物が存在していないこと、また日本では早い時期に廃れてしまったことなどから、「呪禁とは」という定義が、ルーツである中国でも日本でも不確定なのです。近年になって、陰陽道が大きく注目されたことから、呪禁にもまた目を向けられるようになっていますが、その情報の少なさとあやふやさから、陰陽道ほどの知名度はまだないようです。