アブラカダブラ

アブラカダブラとは

アブラカダブラのイメージ

知っている呪文を挙げてみてください、と言われて思いつくものの中に、「アブラカダブラ」は必ず含まれているでしょう。手品やマジックショーなどの掛け声として使われたことから、日本でも広く知られるようになりました。また、人気の小説や映画の中で用いられて、ただの掛け声的な存在から、実際に呪いをかけることのできる魔術的な呪文として、再認識されるようにもなりました。でもこのアブラカダブラ、いったいいつどこで生まれた呪文なのでしょうか。

西洋、特にユダヤ教を通じて伝統的に使われてきたとされる呪文です。古くは熱をともなう病やケガの治癒のために、言葉にするだけでなく文字や図式化したものを身につけたといいます。後には魔や邪を祓う効果がある万能の呪文として、広く世界に広がっていきました。人間にとってもっともコントロールが難しい病と、その後に訪れる死から逃れるためのある種の呪術的な呪文だったのです。近代になって、医術の進歩にともない病気と呪術の関係は浅くなっていき、その結果アブラカダブラは広くさまざまな魔術における合言葉のように使われるようになりました。しかし今も、アブラカダブラに強い魔術の力が備わっていると信じる人は少なくなく、宗教・呪術師の間では軽々しく口にすべきではない呪文として扱われています。

アブラカダブラの語源

2,000年近くもさかのぼることができるとされるアブラカダブラは、歴史の中に医療の呪文の一つとして登場します。またその語源は、地球や人類を創生した最高神「ABRAXAS(アブラクサス)」にあるという説があり、ここからアブラカダブラが派生したともいわれます。また、同じくシリア人の神である「ABRAKALAN(アブラカラン)」を語源とする説もあります。さらには、イエス・キリストが使っていた言語で、「私が言うとおりになる」という意味のアラム語「アブラケダブラ」を語源だとする説、同じくアラム語で「この言葉のとおりに強くなれ」という医療呪術用語「アバッダケダブラ」が語源だとする説など、多くの説があげられているものの、定まった説はありません。

アブラカダブラの伝統的使用方法

アブラカダブラという呪文本来の正しい使い方は、3世紀のローマに実在した医師の遺した書にマラリアの治療法として登場します。それによると、「ABRAKADABRAと紙に書き、その下には、ABRAKADABRAの後ろから、または前後から1文字減らしたもの(2行目はABRAKADABRまたはBRAKADABR、3行目はABRAKADABまたはRAKADAB)を最後の1文字になるまで繰り返して書け」とあります。この指示に従って出来上がるのは逆三角の不思議な文字の羅列。「これを身に着けて9日間を過ごし、その後東へと流れる川に投げ込む」というのが、古代ローマ人にとってのマラリアの治療法だったのです。マラリアという病が全く解明されていなかった古代ローマでこの呪文は大流行し、身に着けるほか、玄関の扉に貼り付けるなどの方法で、病という災いから逃れようとしていました。

アブラカダブラの現代の使用方法

もちろんマラリアは、現代では薬で治療ができる病気です。マラリアに限らず、多くの病気やケガが医術によって治癒可能になり、アブラカダブラのような呪文は医療行為ではなくなって、使われることがほとんどなくなりました。かわって、手品師が懐からハンカチを次々に取り出す時、黒いシルクハットから鳩を飛び立たせる時に口にする魔法の呪文として使われたほか、ごく最近になって小説・映画のハリーポッターの中で死をもたらす攻撃的な呪文として使われています。ハリーポッターの唱えるアブラカダブラは「息絶えよ」という意味ですが、実際のアブラカダブラは「魔や邪を遠ざけよ」「病よ、去れ」といったポジティブかつ好意的な呪文なので、その使い方は似ているようで大きく異なります。

絵本に登場する魔法使いが唱える呪文「アブラカダブラ」ですが、これほど古い歴史があり、深い意味があることに驚かされます。アブラカダブラが信じられ流行した時代と現代とでは、あまりに背景が異なるため、その認識も使われ方も当然違ってきます。それでも、アブラカダブラという言葉が2,000年近くにわたって人の生活の中で消え去ることなく残ってきたという事実は、人がマラリアをはじめとした多くの病気を克服してもなお、アブラカダブラという言葉に頼りたくなる不安を常に抱えている証拠といえるかもしれません。