六道輪廻

六道輪廻とは

六道輪廻のイメージ

六道輪廻は「ろくどうりんね」という読み方をします。仏教の考え方に基づく思想で、「六道」という言葉と「輪廻」という言葉が合わさってできた言葉です。すべての生き物は生前の行いによって、六道の世界に生まれ、死んでいきます。魂はなくなることなく、死んだあとも生まれ変わりまた死んでいく、その様がまるで車輪が回り続けるかのようで、生きとし生けるものが六道の世界の中で生と死を繰り返し続けること(輪廻転生)を「六道輪廻」と言っています。

六道とは

すべての生き物が生まれ変わりを繰り返す六道の世界とは、どんなものなのでしょうか。六道と言う名の通り、そこには六つの世界があります。

天道(てんどう)

天上道(てんじょうどう)とも言われる天道は、天人が住んでいる世界です。天人は人間よりも優れた存在とされていて、寿命もとても長く、苦しみも人間道にくらべてほとんどないとされています。空を飛び、享楽の中で生涯を過ごします。しかし、煩悩からは逃れられることができず、仏教に出会うこともないので解脱(煩悩や輪廻を脱して自由の境地に到達すること)もできません。天人が死を迎える時には、体が垢にまみれて悪臭を放ち、脇から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、頭の上の花がしぼむとされています。天道は極楽浄土とは違い、まだ寿命も苦しみもある六道輪廻の中の世界となります。

人間道(にんげんどう)

人間道は人間が住む世界です。四苦八苦(仏教における苦の分類)に悩まされる苦しみの多い世界ではありますが、苦しみが続くばかりではなく、楽しみもあります。また、唯一自分の力で仏教に出会える世界でもあるので、解脱し仏になるという救いが存在しています。

修羅道(しゅらどう)

修羅道は阿修羅(戦闘を好む鬼)の住まう世界です。修羅道では戦いが絶えません。苦しみや怒りが絶えず、欲望を抑えることができない世界だとされています。

畜生道(ちくしょうどう)

畜生道は動物や虫などの畜生が住む世界です。ほとんど本能で生きており、使役されるがままなので、自力で仏の教えを得ることのできない、救いの少ない世界だとされています。また弱肉強食が激しく、自分より強いものに襲われ食われてしまう理不尽な世界なので、常に不安を抱えることになります。

餓鬼道(がきどう)

餓鬼道は餓鬼の住む世界です。餓鬼は腹の膨れた鬼の姿をしており、口が針のように小さく食べ物が食べられない餓鬼や、食べ物を口に入れようとするとその食べ物が火となってしまう餓鬼、食べ物を求めむなしく荒野をさまよううちに逆に獣に食べられてしまう餓鬼がいます。餓鬼は常に、飢えと渇きに苦しみます。

地獄道(じごくどう)

地獄道は罪を償わせるための世界です。六道の中ではもっとも苦しみの激しい世界で、永遠にも似た時間、あらゆる苦しみを受け続けます。

六道のうち、地獄道、餓鬼道、畜生道までを三悪趣(さんあくしゅ)と呼び、修羅道、人間道、天上道を三善趣(さんぜんしゅ)と呼びます。また、修羅道から地獄道までの四道を四悪趣と呼ぶこともあります。

輪廻とは

輪廻とは、人が生前にした行いにより、次に生まれ変わる世界が決まること。生まれ変わりが一度ではなく、解脱するまでずっと続くこと。六道の世界をくるくると生まれ変わり続ける、回る輪の中から出られないことを言っています。六道の世界を回り続ける限り、迷いや苦しみから逃れることはできません。

六道輪廻からの解脱

六道輪廻から離れることができると、極楽往生(ごくらくおうじょう)することができます。煩悩から解き放たれ、輪廻の輪を離れることを解脱と言い、解脱して極楽往生するというのは、極楽の世界に仏として生まれ変わるということで、これが生きとし生けるものの最終目標となります。そしてどうすれば解脱できるかと言えば、六道に生まれ変わってしまうことをしなければよいとされています。

  • 殺生をしない
  • 欲を持たない
  • 怒りを持たない
  • ねたまない
  • うらまない
  • 煩悩をすべてなくす

これらのことを完璧にしていると、六道輪廻から解脱することができます。

六観音

六道輪廻の中で、六道に迷う衆生(生きとし生けるもの)を救ってくれる観音がいます。六種の観音がそれぞれの世界で救いの手を差し伸べていてくれるおかげで、どの世界もまったくの救いがない状態ではなくなっています。

  • 天道―如意輪観音(にょいりんかんのん)
  • 人間道―准胝観音(じゅんていかんのん)
  • 修羅道―十一面観音(じゅういちめんかんのん)
  • 畜生道―馬頭観音(ばとうかんのん)
  • 餓鬼道―千手観音(せんじゅかんのん)
  • 地獄道―聖観音(しょうかんのん)