賢者の石
銀や銅を純金に変え、不老長寿を手に入れられる
賢者の石とは、銀や銅などの卑金属を純金に変えるという伝説の物質のことです。また、すべての病気を治す万能秘薬や、飲んだ者を不老不死にする「命の水」を生み出すことができるとも言われています。
そのルーツは紀元前のエジプトとされ、12世紀にイスラム圏から錬金術とともに中世ヨーロッパに伝わりました。「赤色をした石のような固形物」が定説ですが、アラビア圏では「黄色い卵のような形」、さらには「粉」や「液体」という説もあり、必ずしも「石」の形をしているというわけではありません。不老と富の両方を手に入れられるという伝説は瞬く間に人々を魅了し、多くの錬金術師たちが「賢者の石」を探し求めました。中には、自分で作ろうと研究を進める者もいたといいます。
賢者の石は、“純粋な心”の持ち主でないと作れない⁉
フランシスコ会の修道士であり、「魔法使い」の異名を持つロジャー・ベーコンも研究者のうちの一人でした。ベーコンをはじめ、多くの研究者たちが「賢者の石を生成するためのカギを握るのは、“硫黄”、“水銀”、そして“塩”だ」と記録しています。ただし、誰一人その3つの成分をどのように配合するのかは明らかにはしておらず、「“賢者の卵”の中に入れて、秘密の手順を踏むことで出来上がる」という記述しか残されていません。
さらにもう一つ、賢者の石を作るために大切なことは「精神性」だと言います。清らかな心を持った者にしか賢者の石は作れないというのです。しかし、賢者の石を求める者の多くが「永遠の命を手に入れたい」「巨万の富を得たい」などという邪な念を抱いていたことでしょう。実際に、「賢者の石を見つけた」と嘘をついて人々からお金をだまし取ったり、本物の金を隠し持っていて、手品で錬金術に見せかける者もいました。そうした経緯から、いつのまにか、錬金術師はペテン師の代名詞になってしまったのです。
賢者の石を手に入れたとされる2人の人物
一方で、本当に賢者の石を生み出すことに成功したと言われている人物がいます。パラケルススとサンジェルマン伯爵です。
スイス生まれの医師であるパラケルススは、医学だけではなく天文学や神学、錬金術や魔法にも深い知識を持っていました。各地を放浪しながら鉱物や植物を採取し、調合していくつもの秘薬を発明する中で、パラケルススは「どんな病気も治す、より高度な薬を作りたい」と考えるようになります。そして、奇跡の霊薬「エリクシール」を作るために、錬金術と賢者の石の研究に没頭しました。ドイツ・バイエルン州にあるインゴルシュタットには、彼が生まれつき下半身不随だった少女の病気をエリクシールを使い完治させたという逸話が残っています。
もう一人、サンジェルマン伯爵は、50年経っても変わらない容姿でいたことや、自ら「2000年生きており、数々の歴史的事件に立ち会った」と話していたことから、不老不死の錬金術師として知られています。誰もサンジェルマン伯爵が料理を口にしている姿を見たことがある者はおらず、人々は「賢者の石から作ったエリクシールを飲んでいたのではないか」と噂しました。出自も不明で、「ヨーロッパ史上、最も謎に包まれた人物」として語り継がれています。
現代においては、ファンタジー小説やゲームに登場する架空のアイテムとして「賢者の石」を目にします。しかし、12世紀のヨーロッパでは、多くの人がその存在を信じ、幻影を追い求めました。現代ほど医療が発達していなかった時代の人々にとって、財力だけではなく、どんな病気も治すことができ、不老の身体も手に入れられるとなれば、まさにのどから手が出るほど欲しかった代物だったことでしょう。