ヴォイニッチ手稿
ヴォイニッチ手稿とは
ヴォイニッチ手稿とは、中世に書かれたとされる240ページの古文書です。綴じなおされた跡があるため、このページ数や順番は確かではない可能性もあります。ヴォイニッチ手稿は羊皮紙に未解読な言語で記されており、その謎を深めるかのように奇妙なイラストが入っているのが特徴です。現在までに沢山の研究者や名のある天才が解読を試みていますが、いまだに成功した人はいません。これらのことからヴォイニッチ手稿は、「世界で最も不可解な書物」「謎の奇書」とも呼ばれています。
1912年、ローマ近郊にある図書館で古書収集家のポーランド系アメリカ人、ウィルフリッド・ヴォイニッチが発見したことからこの名前がつけられ、現在はアメリカのイェールズ大学に貯蔵されています。
ヴォイニッチ手稿の内容
ヴォイニッチ手稿は誰も見たことのない不思議なイラストと手書き文字で構成されています。
イラスト
ヴォイニッチ手稿のイラストは、ときに文章を遮るほど豪快に差し込まれています。その沢山のイラストは非常に奇妙であり、文字を補足するどころか研究者たちの謎を深めるものばかりです。スケッチのように細かい部分まで描かれた現存しない植物、天文図に見える円、液体に浸かる集団の全裸女性、その液体を吸い上げるような管など、カラフルに描かれています。また、この集団の女性の腹部に膨らみが描かれていることから、妊婦なのではないかと言われています。
文字
ヴォイニッチ手稿に書かれた文章は、特定の文字や単語と思われるものが一定の頻度で出現します。言語学の分析によっても、このようなパターンはランダムに書かれたでたらめの文章には存在しないとされ、実際に文章が存在するという証拠になっています。さらに、筆跡鑑定によって文字を担当した人物が2名以上いることがわかっています。
ヴォイニッチ手稿が書かれた時期
ヴォイニッチ手稿が書かれた時期は、現段階で断定されていません。しかし、2011年にアリゾナ大学で放射性炭素年代測定が行われ、使用されている羊皮紙が1404年から1438年(15世紀初頭)に作られたということはわかりました。実際にヴォイニッチ手稿が書かれたのはもっと後である可能性は多分にありますが、少なくとも1404年以降ということは判明しました。また、文字やイラストの測定は、使われているインクの性質から難しいと言われています。
ヴォイニッチ手稿の経緯
ヴォイニッチ手稿は、ウィルフリッド・ヴォイニッチに発見されるまで様々な人の手を渡りました。
諸説ありますが、記録にある最初のヴォイニッチ手稿の持ち主は、錬金術師のゲオルク・バレシュだと言われています。彼の死後は友人のヤン・マレク・マルチへ、さらにその友人のアタナシウス・キルヒャーの手へと渡ります。その際に本のカバーに入っていた書簡に「この手稿は神聖ローマ皇帝のルドルフ2世が600ドゥカートで購入した」というエピソードが添えられていました。そのことから、最初の持ち主はルドルフ2世であった可能性も考えられます。さてその後、なんと200年もの間、ヴォイニッチ手稿に関する記録はありません。次に歴史に現れたのは、1680年のアタナシウス・キルヒャーの死後、コレッジョ・ロマーノ(現在のグレゴリアン大学)の図書館に所蔵されていた記録です。そこから学長を務めていたピーター・ヤン・ベッククスの元に渡り、コレッジョ・ロマーノの財政難で売りに出されたところをウィルフリッド・ヴォイニッチが購入したのです。
ヴォイニッチ手稿の著者
ヴォイニッチ手稿の著者は不明ですが、イギリスの哲学者ロジャー・ベーコンと、錬金術師エドワード・ケリーのどちらかではないかと囁かれてきました。
ロジャー・ベーコン説
ロジャー・ベーコンは1294年に亡くなった天才的な科学者です。ヴォイニッチ手稿の後半のページに、アナグラムでロジャー・ベーコンと記されているという一説があったことで、著者の候補として噂されました。ヴォイニッチ手稿には植物のイラストが豊富にあることから、宗教的な迫害を受けないよう薬草学の知識を暗号化したのではないかと言われていたのです。しかし、先述したように近年の研究で、ヴォイニッチ手稿に使用されている羊皮紙は1404年から1438年に作られたと判明。それによって、ロジャー・ベーコン説の可能性はなくなったと言えます。
エドワード・ケリー説
エドワード・ケリーは、イギリスの錬金術師です。彼は、ルドルフ2世をパトロンとして持っていました。ルドルフ2世は、先述したようにヴォイニッチ手稿の最初の持ち主である可能性がある人物です。それもあり、野心の強かった彼がルドルフ2世に高額で売りつけようと捏造したのが、ヴォイニッチ手稿だという説があるのです。また、ケリーにはジョン・ディーという錬金術師のライバルがおり、ルドルフ2世ではなくジョン・ディーを騙すためにヴォイニッチ手稿を捏造したという説もあります。
ヴォイニッチ手稿に関する説
以前は暗号説もありましたが、著者がロジャー・ベーコンではないとわかってからは終息しつつあります。また、解読があまりにも困難であるため、意味のないでたらめな言葉の羅列だという説も根強くあります。しかし、解析によって何らかの言語であることは既にわかっているため、私達が触れたことのない「未知の言語」、もしくは「人工言語」であるという説のほうが現実的だと言えます。それでは、比較的新しい説を2つご紹介します。
古いラテン語説
2017年、イギリス中世の文献の専門家、ニコラス・ギブズが研究した説です。彼はヴォイニッチ手稿が古いラテン語であることを前提に解読し、中世の医学書との類似点も発見。ヴォイニッチ手稿は婦人病に関する医学書であるという説を唱えています。
古いトルコ語説
2018年、カナダの電気技師、アメット・アーディックが研究した説です。彼はヴォイニッチ手稿が古いトルコ語であることを前提に、すでに30%を解読したと言います。内容は植物の生産についてだとされる論文をジョンズ・ホプキンス大学へ提出し、研究者によって査読されています。
ヴォイニッチ手稿は数々の研究者によって、さまざまな解読がされてきました。しかし、どの説も真相にたどり着くことができていません。いつかヴォイニッチ手稿が完全に解読されたとき、現代を生きる私達が驚くような真実が明らかになるかもしれません。