バール・シェム・トブ

汎神論的立場を提唱したユダヤ思想家

バール・シェム・トブのイメージ

バール・シェム・トブ(1698?~1760)は、ハシティズムを創唱したとされるユダヤ教の思想家です。本名は「イスラエル・ベン・エリエゼル」。難病の治療に成功したことから、「神の名」を意味するこの通り名で呼ばれるようになりました。

彼が創始したハシティズムとは、「この世界におけるすべてのものには神が内在しており、神の存在しない場所はない」という考え方です。彼は、「神と世界は一体のものだと認識した上で、神へ祈りを捧げ、旧約聖書の十戒をひたすら守ることこそが、神の考えを理解することができる方法だ」と説きました。18世紀、ポーランド南部においてこの考えを広める敬虔主義運動が起こり、やがて彼の思想は東ヨーロッパ全域へ渡ることとなったのです。

ユダヤ教とは

そもそもユダヤ教は、キリスト教とイスラムの母体となる一神教です。宇宙観が特殊で、「私たちの世界は、神がその身を縮めたことによってできた隙間である」、「我々は神がその場所を譲ってくれたことによって、存在することができた」と説きます。経典は、『タナハ』『ミクラー』と呼ばれる聖典(キリスト教の旧約聖書にあたる)とタルムード。タルムードとは、数千年にわたり口伝で伝わってきたユダヤ教の教えを文字化したものです。

ユダヤ教とハシティズム

ユダヤ教の特徴の一つとして、600を超える厳しい戒律があることが挙げられます。「神の選民」であることは決して特別なことではなく、それだけ厳しい道のりであると自覚しているのです。そのため、「祈りと十戒を守ることで救われる」と説くバール・シェム・トブの考え方は、とてもセンセーショナルでした。ちなみに、十戒とは次の通りです。

  1. 主は唯一の神である
  2. 偶像崇拝をしない
  3. みだりに神の名を唱えない
  4. 安息日を守る
  5. 父母を敬う
  6. 殺人をしない
  7. 姦淫をしない
  8. 盗んではいけない
  9. 隣人について偽証しない
  10. 隣人の財産をむさぼらない

600を超える戒律よりは、遥かに緩いと言えるでしょう。もちろん、伝統的な教えを守る正統派のタルムード信者たちはこの考えに猛反発。しかし、バール・シェム・トブの弟子たちの活動もあり、ハシティズムは瞬く間に広まり、各地で教団や研究所が設置されました。

しかし、19世紀後半になると第二次世界大戦が勃発。ユダヤ人迫害、各地の研究所が消失したことにより、ハシティズムの信者はアメリカ合衆国やイスラエルへと渡りました。そして現在でも、彼の思想は脈々と受け継がれているのです。