三途の川
この世とあの世の間を流れる「三途の川」は、死後に渡る川のこと。しかし、誰もが同じように渡れるわけではないといわれています。この三途の川は、どのような意味があり、どこから始まり、どのように解釈されているのでしょうか?何気なく使っている「三途の川」の言葉や意味を読み解いていきましょう。
そもそも三途の川とは?
「三途の川」とは仏教の思想にある言葉で、死後7日目に渡るこの世とあの世を分ける川のことです。その名の由来は、3つの瀬があるところからきています。人間は死んだ後、生前の行いによって業が定められており、善人は七色に輝く橋を渡ることができ、善いことも悪いことも半々ずつ行った人は浅瀬を、重罪を犯した罪人は流れの速い深い水の中をもがき苦しみながら渡るといわれています。
善い行いだけをしていた人と、悪い行いをしていた人は、それぞれ全体の5%で、善いことと悪いことを半分ずつ行っていた人は70%いるといわれています。残りの20%は水子など、生前に自分の意志で善いことも悪いことも行うことができなかった霊魂です。悪い行いばかりをしていた人が渡る川の水は、生前に自らが泣かせた大勢の人たちの涙でできており、その涙をたくさん飲んで苦しむという説もあります。ちなみに三途の川は、別名「三つ瀬川」「渡り川」「葬頭河(そうずか)」ともいわれています。
一方、三途の川とは、そもそも悪人だけが渡るものだという説もあります。生前の悪業に対して報いを受けるための川です。その先には地獄道、餓鬼道、畜生道の3つの悪道があり、地獄道では火に焼かれ、餓鬼道では刀で虐められ、畜生道では互いに食い合うといわれています。
起源と変遷
三途の川の話は仏教だけでなく、民間信仰が色濃く影響することによって創り上げられたといわれています。起源といわれているのは「地蔵菩薩発心因縁十王経」と呼ばれる中国で成立した経典であり、この経典が日本の飛鳥時代に渡来した後、平安時代末期に信仰として広まったといわれています。当初は善人だけが橋を介して渡れるとされていた概念が、やがて消滅して全員が渡舟によって川を渡るという話に転じました。そして、その渡舟にかかるお金は「六文」と定められているとされ、仏教葬儀においては死者に「六文銭」を持たせる風習が根付きました。六文銭を持たない死者は、川を渡る際に衣類をはぎとられるといわれています。この衣類をはぎ取る役目を担うのが、閻魔大王を含む十王の配下とされている「懸衣翁」と「奪衣婆」と呼ばれる老夫婦であり、特に奪衣婆のほうは江戸時代末期に民衆によって盛んに信仰されるまでになりました。
また、日本には、10世紀~14世紀頃までの古い文献の中に、女性が三途の川を渡るときに、夫や恋人が手を引いてやらねばならないという観念があります。つまり三途の川では、必ず生前愛し合った男女が再会するというわけです。
実在する三途の川
現在、日本では「三途の川」になぞらえた川が群馬県をはじめとして、千葉県、青森県、宮城県、秋田県などに存在しています。群馬県の「三途川」は、利根川水系白倉川支流の小河川で、橋の一つは「三途橋」といいます。たもとには奪衣婆をまつった姥子堂があり、奪衣婆像を見ることができます。千葉県の三途川は一宮川の支流、青森県の三途川は、むつ市を流れる正津川の上流部の別名、宮城県の三途川は、阿武隈川水系の小河川です。そして秋田県の三途川は湯沢市にある川で、周辺は火山活動によって作られたカルデラ湖があります。断崖絶壁で、まさに三途の川の名にふさわしい迫力のある景観を拝むことができます。また橋の出入り口には、閻魔大王や奉山王をイメージした像などがあり、三途の川としての色合いが濃い地になっています。
三途の川のように“死後に渡る川”の概念は、世界にも各地に存在しています。例えば、ギリシア神話ではあの世とこの世を分ける川があるといわれています。ギリシア神話では、冥界の王のことを「ハデス」といい、このハデスが統治する国には、いくつもの冥府の川によって取り巻かれているといわれています。冥府に入るためには、この川を渡る必要があります。川の中には、「アケロン」という悲嘆を意味する川や、「ステュクス」という憎悪を意味する川などがあります。中でも、三途の川として注目されているのがアケロンで、渡し守であるカローンという存在が有名です。このカローンが、死者の魂を地獄である冥界に渡しているとされています。
三途の川を描いた作品
この三途の川を絵に現したことで有名な土佐光信は、室町時代中期から戦国時代にかけて、大和絵を専門とする絵師でした。「十王図」と呼ばれる作品の中で、三途の川の場面がよく取り上げられます。この画の中では、善人が馬にまたがって橋の上を渡っている一方で、罪人は怖ろしい鬼たちによって悪龍がいる川の急流に投げ込まれている様子が描かれています。また、愛媛県松山市の太山寺には、鐘楼堂の中に地獄極楽絵図があり、とてもリアルな姿が描かれています。
仏教的な概念を超える三途の川。民間の中で広がり、今もなお深く根付いているエピソードとして、大きな意味を持つ概念といえます。