呪い
呪い(のろい)とは、主に超自然的な力を利用して対象者にネガティブな効果を引き起こす行為全般のことを指します。またその行為によって発生する不吉な作用や結果を指す場合もあります。その他、霊魂や念、悪意の力などが引き起こすとされる不可解な現象そのものに対して用いられることもあります。一般的な呪いは、特定の物品や場所を用意し、条件を整え、一定の言葉を用い、決められた動作を行います。その動作を完遂、また継続することで効果が発生し、対象者に作用をもたらします。呪いおよび呪いの儀式は世界各地に存在しますが、ここでは日本における呪いについて解説します。
呪うと祝うは元々同じもの
ホラー映画や怪談でたびたび取り上げられることもあり、「呪」という字にはとても不気味な印象があります。しかし本来「呪」という字はネガティブな意味ではありません。それどころか、一般的におめでたい意味として用いられる「祝」と同一のものでした。もともと「兄」という字には「神事をとり行う人」という意味がありました。そして「礻」には「祭壇」という意味があり、「口」はそのまま口を表わす言葉でした。そこから祭壇に祈りを捧げるものを「祝」と、また口で唱えるものを「呪」と書き表すようになりました。「呪」はもともと「祝詞」のような意味も含むものだったのです。
陰陽道の発達と呪いの誕生
「呪」がネガティブな意味となっていったのは平安時代と推測されます。かつて、日本の文明は中国王朝との交流により発達していきました。この時に伝来したもののひとつに陰陽五行思想があります。陰陽五行思想が伝来したのは聖徳太子の時代。飛鳥時代と言われています。今でいうところの科学知識に相当した陰陽五行思想はみるみる日本に浸透し、国政に大きな影響を与えるようになりました。するとこの陰陽五行を専門とする国家機関「陰陽寮」が出来、そして陰陽師が現れました。陰陽師とはもともと現代でいうところの学者のようなもので、陰陽道は当時の科学と呼ぶべきものでした。しかし時代が進むと、陰陽師は道教や密教の術を取り入れ始め、呪術師としての意味合いを強めていきました。これが平安時代中期と言われています。この頃、陰陽師は実質的に「陰陽道を用いた呪術を会得した者」という意味になっていました。また、権力争いの道具になった結果、人を陥れる術や運気を下げる術、死に至らしめる術などが使用されるようになりました。我々現代人が「呪い」という言葉から感じるネガティブな意味合い、これが明確に定まったのはこの頃だと言われています。
呪いのメカニズム
「呪いはプラシーボである」と言う人が多く居ます。いわば「病は気から」の逆パターンで、恨まれていると意識することで実際に心身に失調をきたしてしまうということです。このネガティブなプラシーボのことを「ノーシーボ効果」と言います。確かにこの説は一理あります。とりわけ昔の日本は村社会でしたから、例えば、AさんがBさんを強く恨んでいるという話がBさんに伝わり、Bさんが日常における些細な不運を「Aさんの恨みのせい」と思い込み、そうして精神的に追い詰められ具合を悪くしたりすることも十分にあったと言えるでしょう。また、一部の精神疾患が遺伝する傾向があることなどを鑑みれば、家系にまつわる呪いもある程度解明できます。その他、土地にまつわる呪い、家にまつわる呪いも、その場所の色や光や音など、その条件下でもたらされる心理的作用を細かく分析することで、説明付けることは可能です。
理屈では説明できない本物の呪い
多くの呪いは理屈で説明することが可能です。ただし理屈では説明できない要素も多く存在します。例えば、誰にも見られてはいけないというルールの呪いなどがそれです。「作成した呪いの品をこっそり相手の家の下に埋めておく」「呪いの内容を書いた紙を燃やす」といったものに関しては、当然、相手は知るよしもありません。そういった呪いに一定の効果があった、相手が不幸になった、呪い返しで自分が不幸になった、といった話は昔からあります。昨今のインターネットでも数多く挙がっており、それらはノーシーボ効果をはじめとする心理的作用では説明できません。呪いはもともと陰陽道のもとで発展した概念。現代科学のメカニズムとは全く異なるものです。「念の力」「霊的な力」しか言いようがない本物の呪いも確かにあると言えます。