悪魔祓い

悪魔祓いとは

悪魔祓いのイメージ

悪魔に取り憑かれた人を、聖職者や悪魔祓いを専門とする術師が行う儀式によって救うことを悪魔祓いといいます。ここでいう悪魔とは、西洋・東洋や宗教によって限定されず、あらゆる地域文化のもとに存在し、同じくそれを祓う役割を担う専門家も必ずあわせて存在しているとされます。世界中にあるさまざまな宗教や地域信仰などの中に、悪魔や悪霊など「神」の対称にあたる「悪」が存在します。そしてその悪は時に、人や動物、物などに取り憑いて災いを起こすとされます。そこで、取り憑いた悪魔を祓う必要が生まれ、そのための儀式や専門家が誕生しました。この取り憑いた悪魔を祓う儀式を悪魔祓いと呼び、また同時に悪魔祓いを行う人々のことも「悪魔祓い師」または「エクソシスト」などと呼びます。

悪魔祓いを行う専門家たち

映画でも取り上げられたことで有名になった「エクソシスト」は、キリスト教における教区司教の認可を受けた神父だけがなることができる悪魔祓いの専門家であり、彼らが行う儀式には、キリスト教に則って厳密に定められたルールがあります。しかし、過去も現在も、ルールも経験も存在しない民間エクソシストによる悪魔祓いが行われることも多くあるのが事実であり、悪魔祓いによって対象者が死亡する例も報告されています。

日本でも、密教や陰陽道などを通じて、悪魔を調伏したり払ったりする儀式が古くから執り行われてきました。広くは精神に異常を来した者も病に侵された者も、ある種の悪に取り憑かれたと考え、悪魔祓いが行われた例があります。近代まで、日本における悪魔祓いの中心は陰陽師によるものでしたが、その後、仏教や民間信仰などと混じり合い、伝統的な儀式だけでなく、祭事的な要素を持つ行事や、民間に根づく呪いとしても浸透していきます。現在も、各地に「悪魔祓い」の名がつく祭りや、悪魔祓いの儀式を年間行事として持つ地域が残されています。金沢市の「山王悪魔祓い」の舞や、群馬県玉村で行われる獅子舞による「悪魔祓い」の祭りなどが有名です。

キリスト教における悪魔祓い

キリスト教では、福音書の中でキリストの弟子たちがキリストの指導のもとに、悪魔祓いを行ったという記述が残されています。悪魔を祓うことは、キリスト教を信仰することの証明であり、さらにはキリスト教を信仰しない者に対する罰にもつながるという考え方がありました。これらの悪魔祓いの儀式は、人々の信仰を深めることにつながる一方で、異端者を見つけ出して排除する、または特定の者を悪魔に取り憑かれたと告訴して冤罪を着せることにもつながる可能性がありました。

悪魔祓いと科学

悪魔の存在や悪魔に取り憑かれることなどを科学的に証明することは難しく、否定的に捉えられることが多いようです。いわゆる悪魔に取り憑かれた状態は、科学的には精神疾患などであると考えられ、悪魔祓いではなく医学的な面からの治療が必要だとされます。この場合、悪魔祓いを行うことのできる本当のエクソシストは、医師やカウンセラーだといえるでしょう。

悪魔祓いと精神疾患

悪魔祓いは、時に宗教や文化を異にする者を迫害するために利用されることもあります。過去には魔女狩りや魔女裁判などがあり、現在も自治体や家族などの集合団体において言動の怪しい者などがリンチに近い形の悪魔祓いを受ける例が複数報告されています。これらを防ぐため、カトリックをはじめとした多くの宗教団体では、たとえ悪魔が取り憑いたように見えても、言動が異常であっても、それをすぐに悪魔憑きと見なすのではなく、誤認を防ぐために必ず医療機関の診察や判断を仰ぐことが必要であり、実際にそのような手順を踏んでいるとされます。

本来、悪魔祓いは悪魔に取り憑かれた対象者を救うために行われます。実際に救われている人も大勢いるとされます。しかし、悪魔の存在そのものが、神と対峙するものという位置づけであるため、神を信仰する者にとって不都合な者を悪魔に取り憑かれたと断じて悪魔祓いを行い、対象者を追い落とし抹殺してしまおうという狙いを持つ者も現れています。悪魔が取り憑いているかどうかの見極め、悪魔祓いの必要性、その方法の選択など、悪魔祓いにまつわる判断は非常に難しいのが現状です。