交霊会

交霊会のイメージ

数名でテーブルを囲み、霊媒者を介して死者とのコミュニケーションをはかる会合、「交霊会」。別名、「降霊会」ともいわれるこの会合は、いったいどのような意味があり、どのような役割を果たし、どのような歴史をたどってきたのでしょうか。また、交霊会に欠かせない降霊を含む交霊会の、基本的なルールや現象などもあわせて見てみましょう。

交霊会の歴史

交霊会は、にニューヨーク州フォックス家で始まったといわれており、このときの霊との交流を皮切りにアメリカ北東部を中心に広がっていったといわれています。1850年代になるとこの流れはヨーロッパへと広まり、ブルジョワサロンで大流行したと伝えられています。科学技術の発展した今日に至っても、ブラジルでは多くの交霊会支持者が残っているともいわれています。アメリカでの発祥後は、わずか2~3年で霊との交流がアメリカ各所へ広がり、ミディアムと呼ばれる霊媒の数も非常に増えていきます。こうして交霊会は当たり前のように行われるようになったのです。

実は日本も決して例外ではありません。「こっくりさん」という霊と交信する儀式をご存知の方も多いでしょう。交霊会は決してそれ単独で特殊なものではなく、霊と交流する会や儀式そのものは、世界中の文化の中に古くから存在していたのです。

しかし、霊との交流は、世界の文化の中における位置付けを見ても、神官や宗教家、シャーマンと呼ばれるような人たちに特別に許されていた行為でもありました。

条件とルール

当時の交霊会は、次のようなルールで開催されていたといわれています。

最大12人までの男女が、例えば男性6名・女性6名均等に集められ、テーブルの周りに集まって座ります。そしてテーブルの上に手を置くか、隣の者同士で手を結ぶのがルールです。瞑想や内なる祈り、讃美歌を歌うことが交霊会の始まり方でした。霊が現れたら、霊媒が霊に代わって話をしたり、自動書記を行ったりするのが通常の流れです。

交霊会はまるで宗教の儀式のように進められ、外界から遮断された薄暗い部屋の中で行われていました。霊が光を嫌うので、暗闇は条件として必須だったのです。また、霊の存在を信じない人は入れてはいけないという決まりもありました。なぜなら失敗する確率が高くなるからです。もちろん、霊媒のいない交霊会は成功条件として欠けていました。

交霊会における降霊とは

交霊会では、霊媒を通じて降霊が行われました。降霊とは、亡くなった人の霊を呼び寄せるための魔術と定義されます。古くはバビロンをはじめとして、古代エジプトやギリシア、ローマで行われていたと伝えられています。現在確認されている最古の降霊術は、ホメロスの「オデュッセイア」の文学記述に残されています。

降霊を行う霊媒とは、霊能力者のことを指しており、いってみれば日本の巫女イタコ、シャーマンと同等のものです。霊媒には3種類あるといわれており、1つがトランスミディアムと呼ばれる「入神霊媒」です。いわゆる、巫女、イタコ型の霊媒で、自分の肉体を霊的存在へ一時的に貸す霊媒方法で、自分の意識を一時的に断つのが特徴です。これに対し、自らの意識を保ちながら、霊からのメッセージを受け取ることのできる霊媒もいます。これを「感応霊媒」と呼び、彼らは霊視や霊聴、自動書記を行うことができます。また、「物理霊媒」は物質的な現象を起こすことのできる霊媒で、ラップ音やポルターガイスト、霊の物質化などを行うことができます。

交霊会において、霊媒は最もネガティブな者でなければならないといわれています。基本的に、アメリカで交霊会が広がっていた当時、男性はポジティブな性質を持ち、女性はネガティブな性質を持っていると考えられており、男女交互に座るべきというルールも存在していたようです。そして最もネガティブな性質を持つ霊媒と、その霊媒の向かい合わせの場所には最もポジティブな性質を持った人物が座るべきというルールもありました。

交霊会の研究を行ったアラン・カルデックと「霊の書」

フランスの教育学者であり哲学者でもあったアラン・カルデックは、「霊の書」という書籍を出版しました。本書には、降霊術についても記されています。カルデックは「スピリティズム」という霊の起源や性質、目的、物質界との係わりについて扱う科学の創始者ともいわれており、交霊術の研究において活躍した人物でした。

ある時期から、彼の親友の娘2人が霊媒能力を発揮し、カルデックには「重要な宗教的使命」があることが2人の口から知らされたといわれています。そこでカルデックは毎週の週末になると2人の助けを得て交霊会を開催。人生の様々な問題や宇宙観について質問し、テーブルターニングや自動書記によって答えを得ていったといわれています。そして交霊会で霊言を収集し、細かく比較・検討したのだそうです。

アラン・カルデックが提唱した神の存在や霊魂の不滅、輪廻を主張するスピリティズムの思想は、19世紀後半のフランスにおいて重要な哲学的意味合いを持ち、労働者たちがその思想や実践の伝播を行ったといわれています。

交霊会は霊との交信を行う特別な儀式的意味合いのほかにも、家庭でごく親しい人だけで行われる楽しみごとでもありました。霊との交信は意外にも、古くから大衆化していたのです。